誰もが羨む音楽ライフ!体現者のDJ-namijinその人とは vol.5

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前回はDJ~新たなバンドを組むまでの話でした。

今でも考えれない斬新なやり方でやらせてもらえた!

ナミジンさん
ナミジンさん

ちょっと話が前後しちゃうところもあるんだけど、ワーナーの時にイベントやっていいよって言ってくれた上司が辞める事になって、次に来た上司が「ヘッドロックナイトってイベントやってるんだったら、それに出演してるバンドを集めてコンピレーション作らない?」って言われて、更に「お前さ〜インディーズレーベルでHEADROCK recordsとかやって、ワーナーの業務とは別になるけど育成とかすればいいじゃん!」って本当!?って俺社員なんだけど、ワーナーとは全く関係なく作って良いって事になったの。

原盤は俺が作ってCDにしてもらってた。
それで大和、EAST WOMAN、ASIAN HAND、TORNADO、のちにNUM42等がそのインディーズレーベルで出したね。

それは正社員として働いてる終わりのほうですよね?

ナミジンさん
ナミジンさん

ギリギリどころか、完璧ズブズブw
HEADROCK recordsのメジャー版はワーナーからで、インディーズ版はワーナー外のインデーズレーベルから出るっていうツーウェイでやってて、それが広がってワーナーからヘッドロックのコンピレーション「パンクロック・バトルロイヤル」が出て、ユニバーサルからヘッドロックの洋楽コンピレーションが出たんだよ。

違う会社ですよね?w

ナミジンさん
ナミジンさん

そう!俺が元居た会社から「パンクロック・バトルロイヤル インターナショナル」が出たの。これSum 41、blink-182等そうそうたるメンツが参加してくれてる。とても自由にやらせてもらえて、ほんとワーナーには感謝だね!

HEADROCK CAFEが出来るキッカケ

そういえばお店をはじめるキッカケは?

ナミジンさん
ナミジンさん

遡るとユニバーサル時代に代官山にある三宿食堂(元々三宿にあったらしい。)そこは広くて少しオープンテラスのようになってて、三崎で採ってきた魚を捌いて料理したりして提供するお店だったの。基本的に洒落たカフェで居酒屋でみたいなお店だった。
まだ代官山に住んでた頃、その店の前を通りがかった時に「良かったら覗いていってくださいね~」って店員さんに言われて、ちょっと寄ってみようって入ったら、やたら気に入っちゃってw

音楽業界で働いてる自分が、いつか俺もこんなお店をやって皆んなを持て成す店をしたいって思ったの。

当時のその店の社長さんが「一緒にやりましょうよ!」って言ってくれて、自分もいつかは業界の仕事を辞めてお店をやるって思って、その当時考えてた店名は「南国食堂」。そしたら偶然にも有名人にその名前でお店始められちゃってw

一度無くなったんですか?

ナミジンさん
ナミジンさん

でもいつしか、お店やるって事を忘れちゃっててw

また話が前後しちゃうんだけど、ワーナー時代にとっても精神的に辛い時期があったの。

その当時の上司が良かれと思って自分の苦手なジャンルの仕事に就かせたの。その時は何年か業界での仕事を経験してて自分もそれなりに仕事を出来ると思ってたんだけど、そのジャンルだと全くの無力になってしまって。

よっぽど自分より若い人のほうが仕事できるからね。俺今までロックばかりやってて、こういう所に来たら無力だな〜って、その時に「俺ダメだ!ってもう辞めよう音楽業界、そしてお店をやろう!」ってなった。

ただお店をやるにはお金が必要だから、お店をするためのお金を貯めるのがモチベーションになり、結果6年間ワーナーで頑張れた。

それでお店を開く事になったんですね。

ナミジンさん
ナミジンさん

でもいつしかお店やるって事を忘れちゃっててw

そして43歳ぐらいにフリーになって、暇な毎日を送ってた時に、SHON(ex.ニューロティカ)が五六ってお店を高田馬場に開いたの。

そしてションのお店に通うようになって1〜2年ぐらい経ってる時に「いいな〜、俺もこんなお店やりたいな〜」って俺が言ってたのw

丁度フリーになって何年か経って、フリーなり始めの頃は好きな時に起きて、好きな時に寝れるけど、段々と飽きてきちゃって嫌になってきてw

ほんとスポーツジムぐらいしか行くことがないw

自分が世間から取り残された気がして来て「どうしよう」って思ってた矢先にSHONから電話が掛かって「ナミジン、ここさ〜引き継いでくれない?」って言われたの。

お店のキッカケはSHONさんだったんですね。

ナミジンさん
ナミジンさん

そうションが俺にキッカケをくれたんだよ。

店をやりたい思いはあったけど、実は本気でやろうとはしてなかったんだよねw

でも「お店をやりたいな〜」って俺が言ってるのを覚えてくれてたんだよね。

その時46歳だね。

殆どが誰かがキッカケですね?

ナミジンさん
ナミジンさん

そう!遡るところ18才だった頃から、自分の強い意志でやろうってこ事が始まりじゃなくて、ちょっとしたキッカケに乗ってやってるね。自分でも本当に不思議だなって思うことがあるね。

一番すごいのは高田馬場でお店を始めた時に、俺は何年か高田馬場で頑張ったら渋谷から声が掛かるって、渋谷から呼ばれるって何の根拠もないのに信じてたの。そしたら6年目に友人が渋谷に呼んでくれて、ほんとに渋谷に来れた。

それ本当にすごいですよね!

結果渋谷に来てますし。

ちなみに全部6年周期ですね?

マネージャー、ユニバーサル、ワーナー、ヘッドロックカフェ高田馬場。

ナミジンさん
ナミジンさん

なにか神がかってるよねw

人生自体で人間関係の無駄のなさがすごいです!

Vol.6に続きます。

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